J.トレンツ・リャド JOAQUINTORRENTS LLADÓ 20世紀最後の印象派

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J.トレンツ・リャド1946年、スペイン・バダローナ(カタロニア)に生まれる。 1955年、バルセロナのアカデミア・バルスで絵を描き始める。 1961~66年、バルセロナのサン・ホルヘ高等学校で絵画を学ぶ。美術学校時代から多数の賞を受賞。

アミゴ・クージャス・ファウンデーションより奨学金を受ける。 1965年には、課程終了を待たず19歳で助教授に任命される。 1968年にマジョルカ島パルマにアトリエを設置。 1977年には絵画学校<地中海自由学校>を創立。 1986年、テキサスの名誉市民に選ばれる。 1988年には、各分野で最も活躍した人物に贈られる<パーソナリティオブザイヤー>に選ばれる。

パリで決定される同賞をスペインの画家として受賞したのはミロ、ダリに続き史上3人目の快挙だった。 1990年、日本での初個展開催。初のシルクスクリーン作品発表。 1991年、スペイン“セビリア・フィエスタ”の公式ポスター制作。 1992年、オランダ花のオリンピック“フロリアード1992" 日本公式ポスターおよび記念版画制作。 1993年3度目の来日個展開催。同年、10月6日、47歳の若さで急逝。

愛されつづける世紀の遺産

スペインが生んだ20世紀最後の印象派と呼ばれた画家、リャド。彼を日本に紹介したいというアールビバンの願いは1990年の初来日で実現しました。大成功をおさめた個展の後、徐々に名声は高まってまいりました。しかし、1993年、突然の死去。究極の美を追い求め、多くの方に愛されてきた早逝の天才画家リャドの想いを、版画作品を通じて広く世界に届けたい。アールビバンの願いです。

私の最も愛した場所、そこに私の想いがある

J.トレンツ・リャドJ.トレンツ・リャド「太陽の光は刻一刻と色が変わる、変化が激しいものです。光を描くとき画家が強く心掛けなければいけないことは、自分の目やこころが捉えた光を速やかに描くこと。捉えた光を速く描くこと自体が一つの技術となる。」マジョルカを愛し、朝の光に生命力を見出し、生涯“描くこと”を追い求めたリャド氏が遺した言葉です。

ME(ミュージアムエディション)とは

<ME>とはミュージアムエディションの略です。 ミュージアムエディションとはリャドの没後、リャド直筆名作版画をリャド財団の監修のもとで作成した限定版画で、アールビバンが独占販売しています。

コミュニティー

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